ウラジオストクの歴史に触れることができるスポット6選を紹介!

ウラジオストクの歴史に触れることができるスポット6選を紹介!

ロシア極東のウラジオストクは、ソ連時代は外国人の立ち入りが禁止されていた閉鎖都市でした。

閉鎖都市となる以前は、ウラジオストクに住む外国人などによって異国文化を育んできたこともあり、ざまざまな歴史を持つ街でもあります。

ソ連の崩壊とともに外国人でも自由に行き来できる街へと変わり、現在では観光客にも人気のスポットへと変わりました。

今回はそんなウラジオストクの歴史についてと、歴史の中に身を置くことのできるスポット6選をご紹介します。

ウラジオストクの歴史

歴史を感じる建物

ロシア領としてのウラジオストクの歴史は、1860年に締結された北京条約より始まります。

もともとウラジオストクのある沿海州は清朝の領土でしたが、1860年にアロー戦争が終結したことにより、ロシアの仲介で清朝がイギリス・フランスと講和条約を結ぶことができました。

この講和条約が北京条約で、ロシアは仲介を行った成果報酬として清朝に沿海州の領有を認めさせ、ウラジオストクを含む沿海州がロシア領として組み込まれたのです。

ウラジオストクの意味は「東を征する」

ウラジオストクはロシア語で Владивосток(ヴラジヴァストーク)と言います。

街の名前の由来は、「支配する・所有する」という意味のヴラジ(влади)と、方角の「東」を表すヴァストーク(восток)という2つの単語が合わせられて作られています。

合わせると「東を所有する・東の領土」となり、「東を征する」という思いも込められています。

ソ連時代は外国人の立ち入りが禁止

ウラジオストクはソ連時代の1958年から1991年までの約33年間、ソ連民でも市外に住んでいる人や外国人が立ち入ることが禁止されていた閉鎖都市でした。

閉鎖都市となっていた当時、ウラジオストクにソビエト連邦海軍太平洋艦隊の拠点が置かれており、極東地域における軍事の中心地でもあったため、軍事機密を守るべく市外のソ連民や外国人が立ち入ることは許されなかったのです。

現在では人気の観光地へとなった

ソ連時代のウラジオストクは閉鎖都市として秘密のベールに包まれていましたが、ソ連の崩壊とともに外国人であっても自由に立ち入ることができるようになりました。

現在では日本からの観光客も増え、女子旅としても人気が高まりつつある都市へと変化しています。

電子ビザの解禁により、ウラジオストク渡航の手続きがいくぶん楽になったことも日本人観光客数の増加の理由でしょう。

 

軍港の街を象徴するウラジオストクの博物館

ウラジオストクの博物館

ウラジオストクは現在でもロシア海軍の軍艦が停泊している軍港の街ですが、過去に現役で配備されていた軍艦や砲台が博物館として姿を変え観光客を迎えています。

ウラジオストクにある主な軍需関連の博物館を3つご紹介してます。

C56潜水艦博物館

潜水艦がそのまま展示され、内部も見学できる博物館となっているのがC56潜水艦博物館。

C56潜水艦は1941年に運用が開始され、その実績に赤旗勲章が与えられたことで、ソ連時代に最も優れた実績を持つ潜水艦と言われています。

潜水艦内部の見学もでき、なかなかお目にかかることの少ない潜水艦を間近で見て触れることができます。

ヴォロシーロフ砲台博物館

出典元:http://vdkgo.ru/listings/

大きな砲台がそのまま残るヴォロシーロフ砲台博物館は、ルースキー島にあります。

ウラジオストク一帯の防衛の要として、砲台がポルタヴァ艦から移設建造されました。

約40キロ先を狙える砲台の地下には、階層で 5階に該当するほど深く掘られ、居住できるスペースも確保されていました。

分厚いコンクリートで覆われた地下は、万が一攻撃を受けても中の人がしっかりと守られるように建設されています。

内部の階段が急で滑落しやすい場所もあるので、観光には歩きやすい靴で。

クラースヌィー ヴィムペル軍艦

出典元:https://4travel.jp/

クラースヌィー ヴィムペル軍艦はソ連の太平洋艦隊初の軍艦で、鷹の巣展望台から見える金角湾大橋の近くに停泊しています。

もともとは総督のヨットとして建造されていたため、小さく可愛らしい軍艦です。

C56潜水艦博物館より海に向かうと、すぐにクラースヌィー ヴィムペル軍艦が見えてくるので、両方の観光がおすすめ。

また近くにはウラジオストクの観光名所、ニコライⅡ世凱旋門やアンドレイ教会もあるので、時間がある場合は一緒に回ってみてはいかがでしょうか。

 

ウラジオストクの歴史を感じられる場所

ソ連時代の軍需スポットの他にも、ウラジオストクの歴史を感じられる場所は多々あります。

今回はその中から 3つのスポットをご紹介します。

 

1891年に創設されたウラジオストク駅

出典元:https://www.hankyu-travel.com/tour/

シベリア鉄道の発着地でもあるウラジオストク駅は1891年に創設され、1893年より本格的に開業となって現在に至るまで駅舎としての役目を果たし続けています。

古ロシア洋式で建てられた駅舎が1912年に現在の姿に改築され、1995年から1988年の改修の際に外観がクリーム色に塗り替えられました。

開業から130年近く経ち、改築されてからもすでに100年以上が経過している長い歴史のある駅舎です。

 

ロシア革命で活躍した英雄戦士の像

出典元:http://urajio.com/item/0558

ウラジオストクの革命戦士広場(中央広場)には、ロシア革命で活躍した戦士の銅像が建っています。

ソ連建国のために勇ましく戦ったことを称え、1961年にモニュメントとして建てられました。

モニュメントは全部で 3つの銅像から成り立り、中でも中央に位置する像は英雄戦士の像と呼ばれ、高さが30mにもなる堂々たる像です。

 

ウラジオストクで最も歴史あるホテル「ベルサイユ」

出典元:https://www.booking.com/

スヴェトランスカヤ通りにあるホテル・ベルサイユは、ウラジオストクで最も歴史あるホテル。

創業は1909年と110年以上も歴史を持つホテルで、1917年にソ連が誕生する以前に建築されました。

ロシアからソ連、そして現在のロシアと国が変わる様を超えてきた生き証人のようなホテルでもあります。

ホテル・ベルサイユは市街地や駅、観光地の近くに位置する好立地のため、外国人の観光客にとても人気のあるホテルです。

 

港湾都市のウラジオストクは歴史の街

ウラジオストクは新旧の建物が入り混じってうまく融合し、歴史を感じることができる建物をあちこちで見つけることができます。

かつて太平洋艦隊の拠点でもあったことから、一帯を護るために建設された要塞や砲台なども今なお遺されています。

ウラジオストクの街の成り立ちや歴史的背景を知ることで、それぞれの建物が何のために建設されたのかも分かり、より観光が楽しくなるかもしれません。

ウラジオストクへは日本からわずか2時間半ほどのフライトで行けるので、ぜひ足を運んで歴史に触れてみてください。

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